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非審判的態度~子どもの心を開くために~

さて、前回「非審判的態度」について、かなり抽象的な結論に着地してしまったので、今回は具体的なお話をしていきたいと思います。

つい言ってしまう言葉

みなさんは、子どもと話している時、こんな言葉をかけてしまったことはありませんか?

「普通はこうするでしょ?」
「それはおかしいでしょ」
「ダメなものはダメなの」

他にもいろいろと似たような声掛けはありますが、これらはすべて、親として子どもを「正しい方向に導きたい」という思いから出る言葉です。
ですがこれらは、「無意識の“評価(ジャッジ)”」になっているとも受け取れます。

非審判的態度とは

ソーシャルワークの「非審判的態度(ひしんぱんてきたいど)」は、その人の考えや感情、行動を「良い・悪い」で裁かずに理解しようとする姿勢です。

つまり、「非審判的態度」とは「無条件に肯定すること」とは全く異なります。

よくある誤解

まず誤解されやすい点からお伝えします。

「何でも許すこと」、「叱らないこと」、「子どもの言うがままになること」

では決してありません。

「評価せずに聴くこと」と、「ルールを伝えること」は全く別なのです。
気持ちは評価せずに受け止める必要はありますが、物事の線引きは大人が行わなければならないのです。

学校に行きたくないと言われたとき

例えば、「学校に行きたくない」と言われたとき、つい言ってしまいがちな言葉にこんなものがあります。

「それは甘えじゃない?」
「いいわけじゃない?理由になってないよ」
「そんなことで休んで、将来どうするの?」

これらはすべて、子どもの“気持ち”を正しい・間違っているで判断しています。

ここでのポイントは、子どもの気持ちの「評価」を一旦横に置き、「事実」と「気持ち」を分けて聴くことです。
「事実」と「気持ち」を区別して、例えばこんな声かけはどうでしょう?

「行きたくないって思うくらい、しんどいんだね」
「そう感じるようになったのは、いつ頃から?」

この場合、「気持ち」を受け止めようとしているのが伝わると思いませんか?
「学校へ行かない」という「事実」が正しいかどうかではなく、「学校へ行きたくない」という「気持ち」をそのまま受け止めます。

このような声掛けがあると、子どもは自分のことを分かってもらえた・受け止めてくれたと感じることができ、次の話をしやすくなります。

テストの点が悪かったとき

他にも、例えば「テストの点が悪かった」ときの対応として

「ちゃんと勉強してなかったでしょ!」
「だから勉強しなさいって言ったじゃない!」
「こんな点数とってなにしてたの!」

こんな言葉を使ったことはありませんか?
これを非審判的な関わり方に変えると

「思ったより点が取れなくて、ショックだよね」
「どのあたりが一番難しかった?」

などになるでしょう。ここでは「努力が足りない」とか、「怠けたからだ」というような判断は入れません。

これは私の主観ですが、「結果」を他者に責めたてられたとき、「反省して次に生かそう!」「次は見返してやる!」と思える人よりも、「責められた」という事実に対して落ち込んだり、逆にモチベーションが下がるという人のほうが多いように思います。
結果を責められないという安心感があるからこそ、「じゃあ次はどうしよう」という前向きな感情につながるのではないでしょうか。

反抗的な態度への対応

最後の例として、子どもに「反抗的な態度」をとられたときのお話をします。
子どもが反抗的な時、つい感情的になってしまう場面がありませんか?

・声をかけても返事をしない
・強く荒い口調で言い返してくる
・怒って部屋に閉じこもる

こんなとき、つい怒ってしまってより状況が悪化するというのは少なくないと思います。

こういう場合、子どもの態度そのものを「悪い」と裁く前に、「今、何か相当イライラしているんだな」とその子の背景や状況に目を向けます。

「そんな言い方をされると、悲しい・辛い」
「今日、なにかあったの?」

のように、その行動で大人側がどう思ったのか、どう感じたのかを率直に伝えたり、なにかあったのかと子どもの心配をするということで、評価をすることなく、感情的になることを抑えます。

そして、その行動が「相手を傷つける」ということを伝えるというのが大事なのだと思います。

非審判的態度がもたらすもの

非審判的な態度で関わられた子どもは、自分の気持ちを言葉にしやすくなったり、失敗を隠さなくなるなど「助けを求める」というのが悪いことではないと理解します。

「怒られないから話す」のではなく、
「裁かれないから話せる」のです。

最後に

非審判的態度は、いつも完璧にできるものではありません。
忙しい日、余裕のない日には、つい評価的な言葉が出てしまうこともあります。

それでも、

「あ、今ちょっとジャッジしてたかも」

と気づき、立ち止まれることが大切です。

子どもは、「正しさを教えてくれる大人」よりも、「気持ちを分かろうとしてくれる大人」を信頼します。その積み重ねが、思春期の親子関係を支える土台になっていくのだと思います。

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