「学校へ行ける」がゴールではない
本当の回復とは
「先生、学校へ行けるようになれば、この子は元気になったと言えるのでしょうか?」
保護者の方との面談で、このような質問をいただくことがあります。
お子さんが不登校になると、「学校へ戻ること」が自然と目標になります。毎朝学校へ通い、授業を受け、友達と過ごす。以前は当たり前だった日常だからこそ、「元に戻ること」が回復だと考えるのは、ごく自然なことです。
しかし、不登校の子どもたちと関わっていると、回復はもっとゆっくりと、そしてさまざまな形で進んでいくことを実感します。
学校へ行けるようになることは一つの結果です。でも、その結果の前にはたくさんの小さな変化があります。その変化に気づけるかどうかで、保護者の安心感も、お子さんの安心感も大きく変わっていきます。
「学校へ行けるようになったら安心」の落とし穴
不登校になると、多くの保護者は学校へ行ける日を待ち続けます。
「明日は行けるかもしれない」
「来週からなら行けるかもしれない」
そう願う気持ちは、お子さんを大切に思うからこそ生まれるものです。
しかし、その思いが強くなるほど、「学校へ行けたかどうか」だけが回復の物差しになってしまうことがあります。
すると、今日は外出できた。でも学校には行けなかった。友達とは話せた。でも教室には入れなかった。
そんな変化まで、「まだ回復していない」と感じてしまうことがあります。本当は前に進んでいるのに、その歩みが見えなくなってしまうのです。
回復とは、「その子らしさ」が戻ってくること
では、本当の回復とは何でしょうか。
私は、「その子らしさが少しずつ戻ってくること」だと考えています。
例えば、
- 以前は好きだった音楽をまた聴くようになった
- 家族と笑い合う時間が増えた
- 「お腹すいた」と自分から言えるようになった
- 新しいことに興味を持ち始めた
一見すると、学校とは関係のないことばかりです。
しかし、こうした変化は、心に少しずつ余裕が戻ってきた証でもあります。学校へ行く力は、安心して笑える日常の積み重ねの中で育っていくことが少なくありません。
「できること」が増えるより、「安心できること」が増える
回復期の子どもたちを見ていると、「何ができるようになったか」以上に、「どこで安心できるか」がとても大切だと感じます。
- 安心して眠れる
- 安心して食事ができる
- 安心して家族と過ごせる
- 安心して「今日は疲れた」と言える
こうした安心感は、目には見えません。けれど、人が新しい一歩を踏み出すための土台になります。
土台がしっかりしているからこそ、その上に学びや人とのつながりが積み重なっていくのです。
回復には「自分で決める経験」が欠かせない
もう一つ大切にしたいことがあります。それは、子ども自身が「自分で決める経験」です。
「今日は散歩に行ってみよう」
「午後からなら外に出られそう」
「この学校なら話を聞いてみたい」
こうした小さな選択を自分で積み重ねることで、「自分にもできる」という感覚が育っていきます。
反対に、大人が「次はこれをしよう」「今度は学校へ行こう」と道筋を決めすぎると、子どもは再び「やらされる感覚」を抱いてしまうことがあります。
回復とは、誰かに引っ張ってもらうことではなく、自分の意思で歩き始めることでもあるのです。
「学校へ行けるようになったのに苦しい」こともある
実は、学校へ復帰した後に再び苦しさを感じる子どももいます。
「また休んではいけない」
「みんなに追いつかなければ」
そんな思いから無理を重ね、心も体も疲れ切ってしまうことがあります。
だからこそ、本当の回復とは「学校へ戻ること」ではなく、
安心して自分らしく生活できること
ではないでしょうか。
学校へ通うことも、その子らしく生きる方法の一つです。そして、通信制高校や定時制高校、フリースクールなど、自分に合った環境を選ぶことも、同じように大切な選択です。
未来へ進むための力
不登校になると、「学校へ戻れるかどうか」に目が向きやすくなります。
ですが、子どもたちは毎日の生活の中で、小さな回復を積み重ねています。
- 少し笑えるようになった
- 自分から話しかけてくれた
- 好きなことに夢中になれた
そうした変化は、決して遠回りではありません。むしろ、その一つひとつが、未来へ進むための力になっています。
学校へ行けるようになることだけをゴールにするのではなく、その子が安心して過ごし、自分らしく「明日もやってみよう」と思える毎日を育てていくこと。
それこそが、本当の意味での回復につながっていくのではないでしょうか。
