📘「受容」とはなにか? ~「受け入れる」と「受け止める」の違い~
📘「受容」とはなにか?
~「受け入れる」と「受け止める」の違い~
かれこれ10年近く子どもに関わる仕事をしてきましたが、「自分はまだまだだな」と反省することが度々あります。一人ひとりに寄り添い、多くの声掛けやお話をしていく中で、一番の基本であり、かつ難しいのは「受容」だと私は思います。
「受容」とは、その子の存在をありのまま受け止め、それぞれの価値を認めることを指します。ここで重要なのは、「受け入れる」ではなく「受け止める」ということです。
例えば子どもがなにか問題行動を起こしたとき、その問題行動を受け入れてすべて許すことを「受け入れる」だと私は捉えています。さて、果たしてこれは大人として、親として、対等な人間として、適切な対応でしょうか?私は違うと思います。
“子どものどんな行動でも許してしまうこと”
“子どものわがままをすべて受け入れてしまうこと”
どちらも「受容」とは違います。
また、なんでも「受け入れて」はいけないのだから、子どもが問題行動を起こしたらとにかく叱ってまた同じことをしないようにする、というのも「受け止める」とは違います。
「受け止める」とは、一人ひとりが“同じ”ではなく“違っている”一人の対等な人間であるのが当たり前で、それぞれの人生(背景)を理解することに努め、そのうえで相手を尊重することなのだと思います。
先ほどの例で言えば、問題行動自体に目を向けるのではなく、その問題行動を起こすに至った「経緯」やその子自身のこれまでの「背景」に目を向け、一度その行動を受け止めてから今後どのようにしていくべきなのかを一緒に考えることが「受け止める」であり、「受容」なのだと思います。
そしてこの「受容」が、実践ではなかなか難しかったりします。なぜなら私たち人間は、「感情」に言動が左右される生き物だからです。
“子どもがいうことを聞かないので大声で叱ってしまった”
“子どもがわがままばかり言うので手をあげてしまった”
“仕事や家事のストレスで子どもにあたってしまった”
そういった気持ちもわかります。
人間ですから。
でもこれが、「人間なんだから仕方ないよね」で終わってしまうというのも違います。
私たちは「大人」ですから。
未来をになう子どもたちに対して多大な責任があります。
「子どもは親の背中を見て育つ」という言葉がありますが、正しくは「子どもは大人の背中を見て育つ」だと私は思います。
親の言葉や行動ももちろんですが、学校の先生や近所の大人、親戚、テレビや動画の中の人々、多くの大人が子どもに影響を与える存在なのだと思います。
子どもが自分らしく健やかに育つために、「受容」の心を忘れず、子どもの見本となる一人の「大人」としてあるために、我々は努力をしていかなければならないのでしょう。
さて、次回ももう少しだけ「受容」のお話をしていきたいと思います。

